言の葉通信
私が読書を勧める理由(序)
世の中にはたくさんの情報が溢れかえっている。新しい情報を知りたいなら、当然スマホを操作したほうがいち早く入手できる。娯楽も多種多様にあり、なにも読書を趣味にしなくったって己の好奇心を満たすこともできるだろう。
けれどやっぱり私は、「本を読んでほしい」と思う。特に、社会に出る前の学生たち…小学生、中学生、高校生、大学生には。
理由を述べる前に、参考として見てもらいたい。
*1月に実施された大学入学共通テストで取り上げられた文章
・檜垣立哉「食べることの哲学」(評論文)
・藤原辰史「食べるとはどういうことか」(評論文)
・黒井千次「庭の男」(小説)
・「増鏡」(作者未詳、南北朝時代の歴史物語)
・後深草院二条「とはずがたり」(鎌倉時代の日記文学)
・阮元「揅経室集」(中国清朝時代の漢詩文)
*2021年度北海道公立高校入試問題で取り上げられた文章
・関口雄祐「眠れる美しい生き物」(論説文)
・川上健一「雨鱒の川」(小説)
・「十訓抄」(編者未詳、鎌倉中期の説話集」
さて、これらの書物を読んだことがある人はどれくらいいるのだろう?
実際に「入試」で取り上げられる文章の多くは、受験者にとっては初見になる。まちがっても、ライトノベルから出題されることはない。黒井千次氏も川上健一氏も現在も活躍される作家だが、お二人ともかなりのご年配でもあるので、使われる言葉が小難しい。正直、未成年が好んで読むことはほとんどないと思われる。
趣味などではなく、私が「国語」を学習する観点から読書を勧める理由はそこに関係する。試験で目にする文章のほぼすべてが「初見」であるからだ。これらを決められた時間内に読み取るための読書を勧めたい。
「ぅわっ!!」が快感です
最近、放課後に立ち寄って勉強していく高校生や、「ちょっと入ってみたくて…」と訪れてくれるご近所さんがいて、とても嬉しい。
6月の『Chai』掲載を皮切りに、なかなか珍しいスタイルの経営だと興味をもっていただき、フリー誌を中心に取材をしていただいた。おかげさまで、少しずつ「言の葉の森」の存在を認知してもらえるようになってきたようだ。
そうして訪れ、一歩足を踏み入れた瞬間、ほぼ全員が「ぅわっ!!」「わっ、すごい!!」と声を上げてくれる。これがすごく嬉しくて、快感になっている。
建築の際にお世話になった「北王」さんと打合せを重ね、おしゃれで落ち着いた雰囲気と、木のぬくもりを大切にしてつくったスペース。そこを、「ぅわっ」のひと言で、受け入れられたと実感できるのだ。
そして今日もあなたの「ぅわっ」が聞きたくて、オープン前の毎日の掃除にいそしむ私である。(消毒もちゃんとしていますのでご安心を。)
ハコヅメ~交番女子の逆襲~
まさかコミックをオススメする日が来ようとは…
いま、私が一番楽しく観ているドラマ「ハコヅメ」。原作にかなり忠実に描かれていると聞いたので、さっそく読んでみようと1巻を買ってみた。すると、ドラマのシーンが甦ってきて、あまりの再現度の高さに驚いた。さらには、コミックからドラマ脚本へのチョイスの仕方がお見事すぎる!!! ドラマの楽しいシーンが、あちこちのエピソードをつなぎ合わされているのだが、そのつなぎ方が本当にお見事としか言いようがないのだ。
子どもの頃からコミックには興味がほとんどなかった。今になってハマるとは思いもしなかった。
『言の葉の森』に、少しずつ置いていこうと思う。「ハコヅメ」を楽しく視聴している人に、コミックでも楽しんでもらえたら嬉しい。
猫を抱いて象と泳ぐ
チェスをしたことがないけれど、自分もチェスの静かな海に身を投じてみたい… そう思ってしまう一冊。
外国作品の翻訳かなと思ってしまう雰囲気の文体だけど、間違いなく小川洋子さんのオリジナル。そしてその文体のおかげで、ちょっと一歩引いたところから主人公リトル・アリョーヒンのひかえめな生き方を静かに読者は見つめることができる。
アリョーヒンの人生は、本人が思っているよりもドラマチック。普通の人には決して経験できないことに次々遭遇しているのに、当の本人はヒョロ~ンと自分なりに納得してすり抜けていくような感じがある。
アリョーヒンの人生で出会った人々も素敵だ。みんな魅力的で、アリョーヒンを理解して静かに見守ってくれる人々だった。その人々の中で、きっと多くの読者は、肩に鳩を載せた「ミイラ」を気に入るかもしれないが、私個人は「総婦長」が一番のお気に入りだ。太った体の総婦長がそれ以上大きくならないように、アリョーヒンは気遣って、総婦長の夜食をいつも少し処分する。アリョーヒンにとって大きな体は、命を削ることで、悲劇で、恐怖の対象だったから。そして総婦長もまた、アリョーヒンを理解し、アリョーヒンが写った写真を大事に引き出しにしまっておく人だったから。さらには、アリョーヒンの最期を大事に包み込んだ人だったから。
自分が心から求める場所で、心から安心できる場所で過ごし続けたアリョーヒン。人には皆、その人が心から求める場所があるはずだ。けれど一生涯のうちに、自分が心から求める場所を見つけられる人はいったいどれくらいいるのだろう。
六月の雪
台湾の情景や熱が伝わってくる一冊。
このコロナ禍の、自由を奪われた日常から抜け出して、非日常を味わうことができた「旅」。実際に行くことはできなくても、本を読むことでその地を巡り、楽しみ、人々と触れ合えた気分になれるのが「本の魅力」でもある。久しぶりに、脳内旅行を満喫できた「六月の雪」であった。
そして、乃南アサさんって、こんな作品も書くんだ…と新たな魅力が発見できた一冊でもある。
乃南作品といえば、ホラーミステリー、社会派小説、心理サスペンスが主流だと思っていた。一人の女性のゆっくりと、しかも確実に壊れていく姿を背筋が凍るような描写でゾクゾクさせた『幸福な朝食』。女性刑事と、使命を果たすために目的に近づいていくオオカミ犬の孤独な闘いを描いた『凍える牙』。
『六月の雪』は、私が今まで読んできた乃南作品とは全く違う雰囲気を持ちながらも、巧みな心理描写は健在であった。
主人公は、声優になる夢を諦めた三十二歳の未來。入院した祖母を元気づけようと、祖母の生まれ故郷である古都・台南へ旅に出ることを決意する。祖母の記憶を頼りに日本統治時代の五十年を探っていくが、それを支えるのが現地で出会った若い世代の台湾の人々。そして、思い出の地をめぐる七日間は未來と台湾の友人たちの人生に大きな変化をもたらすことになる……。
乃南さんが台湾に大きな関心を寄せるようになったのは、2011年3月11日の東日本大震災。各国から義援金が集まるなか、台湾の200億円という金額に驚いたという。国交がないのに、なぜだろう。そして思い返すと、日本と台湾の歴史を学校で学んでこなかった。自分にできることは何だろうと考えた乃南さんは、仲間と社団法人を立ち上げ、作家である自分は日本と台湾についての文章を書くことで、台湾の人たちにお礼をしたいと考える。その後、乃南さんは台湾に通うようになり、行き始めた2013年から現在まで、約6年間で40数回も訪台。
そうして書き上げられた『六月の雪』は、日本と台湾の歴史を深くえぐり出す一冊となった。日本統治時代の台湾の暮らし。日本の植民地だった50年間のあとの戒厳令の敷かれた38年の台湾。波乱に満ちた歴史に翻弄された台湾の人々の現実。
台湾には「日本」が残っている。
今年、新型コロナワクチンが日本から台湾に提供された。
日本統治下にあった台湾なのに、なぜ…? そう思ったなら、ぜひ読んでほしい一冊である。学校では教えてくれない、日本と台湾の繋がりや歴史を知ることができる。


