言の葉通信

2021-08-18 23:35:00

六月の雪

 台湾の情景や熱が伝わってくる一冊。

 このコロナ禍の、自由を奪われた日常から抜け出して、非日常を味わうことができた「旅」。実際に行くことはできなくても、本を読むことでその地を巡り、楽しみ、人々と触れ合えた気分になれるのが「本の魅力」でもある。久しぶりに、脳内旅行を満喫できた「六月の雪」であった。

 そして、乃南アサさんって、こんな作品も書くんだ…と新たな魅力が発見できた一冊でもある。

 

 乃南作品といえば、ホラーミステリー、社会派小説、心理サスペンスが主流だと思っていた。一人の女性のゆっくりと、しかも確実に壊れていく姿を背筋が凍るような描写でゾクゾクさせた『幸福な朝食』。女性刑事と、使命を果たすために目的に近づいていくオオカミ犬の孤独な闘いを描いた『凍える牙』。

 『六月の雪』は、私が今まで読んできた乃南作品とは全く違う雰囲気を持ちながらも、巧みな心理描写は健在であった。

 

 主人公は、声優になる夢を諦めた三十二歳の未來。入院した祖母を元気づけようと、祖母の生まれ故郷である古都・台南へ旅に出ることを決意する。祖母の記憶を頼りに日本統治時代の五十年を探っていくが、それを支えるのが現地で出会った若い世代の台湾の人々。そして、思い出の地をめぐる七日間は未來と台湾の友人たちの人生に大きな変化をもたらすことになる……。

 

 乃南さんが台湾に大きな関心を寄せるようになったのは、2011年3月11日の東日本大震災。各国から義援金が集まるなか、台湾の200億円という金額に驚いたという。国交がないのに、なぜだろう。そして思い返すと、日本と台湾の歴史を学校で学んでこなかった。自分にできることは何だろうと考えた乃南さんは、仲間と社団法人を立ち上げ、作家である自分は日本と台湾についての文章を書くことで、台湾の人たちにお礼をしたいと考える。その後、乃南さんは台湾に通うようになり、行き始めた2013年から現在まで、約6年間で40数回も訪台。

 そうして書き上げられた『六月の雪』は、日本と台湾の歴史を深くえぐり出す一冊となった。日本統治時代の台湾の暮らし。日本の植民地だった50年間のあとの戒厳令の敷かれた38年の台湾。波乱に満ちた歴史に翻弄された台湾の人々の現実。

 台湾には「日本」が残っている。

 

 今年、新型コロナワクチンが日本から台湾に提供された。

 

 日本統治下にあった台湾なのに、なぜ…? そう思ったなら、ぜひ読んでほしい一冊である。学校では教えてくれない、日本と台湾の繋がりや歴史を知ることができる。

 

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